世田谷ボロ市
先週の金曜日、週に3日ほどお手伝いしている組織の出勤日であったが、しばらく見ていない世田谷ボロ市に行ってみたくて休みをいただいた。まあ、差し迫った仕事も片付いたし、贅沢を許してもらおう。
三軒茶屋から世田谷線に乗り、4つ目の世田谷で降りる。ボロ市は毎年12月と翌年1月の、15日、16日に開催される。曜日で開催日を決めるイベントも多いが、ボロ市は曜日に関係なくこの日程で開催されている。

世田谷線に乗るのも久しぶりである。昔は東急玉川線、俗称玉電といっていた。渋谷から二子玉川まで246号線を走っていた。三軒茶屋で下高井戸に向かう支線と分岐していたが、この支線が世田谷線として残った。
さて、ボロ市である。開かれたのは1578年(天正6年)だという。今から433年である。この辺りは世田谷城主・吉良氏朝の城下町で、関東を支配していた小田原城主・北条氏政の命により、楽市として始まったようだ。
(詳細はここをクリックして、世田谷区のHPをご覧ください。)
世田谷駅で降りて、世田谷通りに出ると円光院(寺号・明王寺、真言宗)というお寺がある。
その正面から続く道からボロ市が始まる。金曜日の午前10時であったが、既に多くの人が出ている。
ボロ市はその名の通り、初めは古着の市として始まったようである。その名残か、衣類を扱う店も多くみられる。といっても、古着を扱う店は少ない。わけのわからない飾り物や、日用雑貨を扱う店が多数を占めている。

こんなものが売れるのだろうか、というような商品がほとんどである。また、なんに使う道具なのか不明なものも見受けられる。
寺の正面の道を100mほど進んだT字路を右に曲がると、ボロ市通りである。例年ならこのあたりも店が連なっていたが、今年はぽっかりと店が欠落していた。今年は出店が少ないのかもしれない。その一角で、坊さんが托鉢している。誰も喜捨する人はいない。
数年前に訪ねたとき、このあたりに古道具を扱う店があった。今回は出展していない。織機などの機械の部品と思われる、木で作られた歯車やからくりの残骸を置いていた。期待していたのだが、残念ながら見ることができなかった。

店によっては、ワゴンタイプの車で乗り付け、商品を出した後の荷台も店舗にしているところもある。
前回、針金細工のゴム鉄砲を購入した店が、同じ場所に出店していた。
その先には、家紋を3㎝角の木に彫りこんで、判として販売している店があった。当家は縁なし片喰であるが、縁なしの紋は見当たらなかった。ちなみに1個1000円である。
この店の近くに、興味を惹く道具を置いている店があった。
中央、やや右に見える茶色の角棒は、囲炉裏で使う自在鍵である。あまり古くはなさそうで、形も今一つである。また、奥の棚の上には、からくり時計風の商品が置かれていた。
動くのかどうか聞かなかったが、外観からすると、かなり単純な作りのようである。右手の箱の手前にあるのは、薬用と思われる天秤である。
棚の下にはタイガー計算器も置いてあった。戦後に販売された第二世代の機械である。塗装はしっかりしているが、金属部分にかなり錆が出ている。中の状態はわからないが、この値付けは高すぎる。よっぼど相場を教えてあげようかとも思った。
もう一軒、銅板を細工した置物を販売している店を見つけた。写真のものは、トンボのムーブメントである。頭の先を下に尖らせ、支柱の上にバランスよく乗せることができる。
まだブログに掲載していないが、11月に沖縄を訪問したときに、竹で作った同じものを見つけている。どちらが元祖だろうか。
さて、以上がめぼしい店である。今年は残念ながら面白いものが少なかった。少々時間が早かったが、引き上げることにする。
帰り際に、昼飯用として代官餅を購入する。からみ(おろし餅)、きなこ、あん、しろ(餅だけ)の4種類があり、からみとあんをいただく。ボロ市の名物になっている餅である。前回も食べてみたかったが、行列がものすごくあきらめた。今回も行列ができていたが、幸い15分ほどで買うことができた。なかなかおいしい餅であった。














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