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2011年10月の5件の記事

2011年10月23日 (日)

尾道散策 その4

このロープウエイは昭和32年開業ということなので、45年前に訪れたときには既に運行していた。しかし、乗車した記憶がない。長い石畳の道と石段を歩いて登ったのだろう。

山頂には展望施設と売店があるのみで、一帯は公園になっている。しばらく山頂からの眺望を楽しみ、中腹にある千光寺に向かって下る。裏参道となっている道である。20111007114512

山頂からすぐのところに、林芙美子の『放浪記』の一節が刻まれた石碑があった。20111007114907

海が見えた、海が見える。
五年振りに見る尾道の海はなつかしい。
汽車が尾道の海へさしかかると、
煤けた小さい町の屋根が提灯のように、広がって来る。
赤い千光寺の塔が見える。
山は爽やかな若葉だ。
緑色の海、向こうにドックの赤い船が、
帆柱を空に突きさしている。
私は涙があふれていた。

程なく千光寺(真言宗)に到着する。大師堂の脇には大きな山の岩が迫り、苔が見事にうねっていた。20111007115229

狭い境内には水琴窟が置かれ、女性が熱心に聞き入っていた。そんなに近づかなくても、十分に聞こえる。20111007115511

時刻は12時。そろそろ昼飯時である。狭い境内を抜け、寺を後にし、真っ直ぐ海に向かって下る道を進む。20111007115536

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寺のすぐ下に、アララギ派の歌人、中村憲吉の終の棲家となった家がある。昭和8年12月から永眠した昭和9年5月5日まで棲んだという。、斎藤茂吉や土屋文明も見舞たらしい。20111007120135

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千光寺に夜もすがらなる時の鐘
   耳にまぢかく寝(い)ねがてにける

病むわれに妻が屠蘇(とそ)酒をもて来れば
   たまゆら嬉し新年にして

病む室の窓の枯木の桜さへ
   枝つやづきて春はせまりぬ

山陽本線の陸橋を渡り、本通りに向かう。ここは海と山陽本線に挟まれたアーケードの商店街である。学生のときに、この商店街のどこかにあった古い旅館に泊った。尾道に着いたのは夕刻であり、宿に向かう途中、街娼に声を掛けられたのを覚えている。今ではそんな街は既にないが。20111007131142

通り沿いのとある洋食屋に入りカキフライの昼食をとる。後から修学旅行の学生3人が来店する。二人が食べ終わると、一人を残してさっさと店を出て行った。どうやら駅前の集合時間が迫っていたらしい。しかし、なんとも友達甲斐のない子供達だ。

昔の木造の店舗が並んでいた風景はすっかり変わってしまったが、思い出に浸りながら散策する。途中、海側に出て、岸壁でしばらく港の風景を楽しむ。20111007130403

予定していた帰りの電車の時刻も迫り、駅に向かう。本通り商店街の入口には、林芙美子の銅像が立っている。20111007131237

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駅の隣にある芝生の公園で、おじさんが自転車を組んでいた。持参した荷物の量がかなり多い。おそらくツーリングの人だろうと声を掛けてみた。案の定、尾道からしまなみ街道を渡り、今治までいくとう。そこから88番まで区切り打ち遍路をするとのこと。20111007135122r

野営での旅だというので大量の荷物になったようだ。同年輩の人だというのに、なんと達者なのだろう。秩父方面の人のようで、既に坂東33札所、秩父33札所などは打ったとのこと。電車の時間も間がなくなり、お気をつけてと挨拶して分かれる。

これで尾道ともお別れである。また来る機会はないかもしれない。そんな感慨と、最後にお会いした自転車遍路のおじさんを案じながら帰途についた。

2011年10月22日 (土)

尾道散策 その3

この先には尾道市の文学記念堂がある。尾道にゆかりのある文人にまつわる品が展示され、林芙美子の東京の書斎が再現されているという。ここはパスして、そのすぐ先に帆雨亭という喫茶店に立ち寄り、コーヒーをいただくことにする。小さな木造の喫茶店である。

8畳、4畳半2間の古い日本家屋であり、傾斜地に建っている。入口は2階である。客は誰もいない。同年輩の女性が一人でやっているらしい。家の隣に斜面となった庭があり、ここにも一面に紅片喰が群生していた。片喰ですかと聞くとそうですと応えてくれた。子供の時代から、千光寺山一帯にはこの片喰があったという。

奥の出窓では蚊取り線香が焚かれ、尾道の海が見渡せる。汗ばんだ身体に、拭きぬける風が心地よい。20111007104558r

さらに先に進むと、古い三重塔が見えてくる。境内には何の説明もない。しかし立派な塔である。20111007110209

一巡りして境内を出ると、その脇に『急傾斜地崩壊危険区域』という看板が立っていた。山側の街は傾斜がきつく、展望はいいが生活は大変そうだ。20111007110503

塔の下の道を進むと、路地の奥に変わった木造建造物を見つける。どうやら路地を渡る陸橋のようだ。怪訝に思ったが、道を先に進む。20111007110727

すぐに天寧寺の案内が出ていた。1367年(貞治6)に、足利尊氏の子の2代将軍義詮[よしあきら]が建てた曹洞宗の寺である。裏の入口から境内に入ると施設の案内が出ていた。そこで納得する。三重塔はこの寺のもので、木造の陸橋はそこに至るための寺の施設だった。寺の山門は鐘楼門である。20111007111326

境内の奥のお堂には五百羅漢が祀られている。比較的新しい羅漢のように見受けられる。20111007111257

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境内から山を見上げると、本堂の屋根越しに三重塔が見える。塔の右に見えるのは千光寺山ロープウエイの鉄塔である。20111007111600

境内には、色の鮮やかなコスモスが咲いていた。20111007111651

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次は千光寺山である。歩いて登ってもよかったが、折角ロープウエイがあるので利用することにする。切符売り場に行き、歩いて下るとどのくらいかかるか聞いてみた。30分程だという。その結果、上りだけ利用することにして、片道切符を購入する。運行時間を尋ねると15分間隔とのこと。次の便まで10分あるので、近くをうろつく。すると件の女性が出てきて、乗車定員が集まれば随時運行するという。早速隣のビルの3階にある乗り場に向かう。既に乗客が列を成していた。

やがてケーブルカーが到着し乗車する。乗客の2/3は修学旅行の中学生のようだ。すぐに発車するが、車内は賑やかである。3分ほどで山頂駅に到着する。20111007113245

2011年10月21日 (金)

尾道散策 その2

尾道の散策ルートを紹介する。携帯型のナビで記録したデータは、ところどころ誤差でばたついているため、トレースしなおしたものである。(Microsoft Internet Explorer 9 では表示できないようです。)

尾道を初めて訪れたのは、大学2年の夏休みであった。福岡県飯塚に実家のある友人を含めて、仲間4人と九州一週旅行をした。博多までは急行で25時間かかった時代である。九州旅行の足は、友人宅の車を借用した。ほぼ2000kmの行程だったので、1週間程の旅だったのだろう。飯塚からちょうど8の字のルートで、主要なポイントをほぼ巡った。

九州の後は各人別々の行程を組んでいた。自分は秋吉、岩国、尾道と巡り、大阪に泊まって帰京した。尾道は、そんな思い出の場所だったのである。その時は、船で鞆の浦の仙酔島にも足を伸ばした。

翌日、8時過ぎの山陽本線に乗り、尾道へ向かった。新幹線で行けば短時間でいけるが、それでは味も素っ気もない。この辺りは山が海に迫っており、車窓に飛んでいくトンネルの壁が見えるだけである。時間が許せば、鈍行の旅が楽しい。

糸崎で乗り継ぎ、尾道には1時間半ほどで到着する。降りてまずびっくりした。駅前がやけに明るいのである。20111007095740

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45年前の駅舎はまだ木造だったような気がする。その駅舎に似合った風景がそこにはあった。ところが、駅の周りは再開発されたようで、尾道の少々込み合った街並みは消えていた。

駅の観光案内所で散策用のマップを入手する。まずは古い町並みを歩いてみることにする。町は駅の東側に広がっている。山陽本線の海側は商業地域で、千光寺山側の斜面が住宅地になっている。尾道は寺の多い町でもある。古寺巡礼ではないが、寺を巡る道が、住宅地の間を縫って、散策用に石畳で整備されている。20111007100409

まずはこの道に沿って歩いてみる。幸い、ハンディタイプのナビを持参したので、脇道にそれても何とかなるだろう。道は整備されているが、昔ながらの軒を寄せ合うような古い民家の風情が、ところどころに残っている。20111007102012

軒の連なる家の狭い庭に、フヨウが咲いていた。20111007100923

どういうわけか、石畳の途中にある石段の割れ目に、ベゴニアと思われる小さな花もさいていた。ベゴニアは種類が多く、花の形も多様なようだ。20111007101042

しばらく歩くと、案の定道に迷ってしまった。袋小路の細い道がいたるところにある。早速ナビの出番である。観光案内の地図はかなり簡略化されており、現在地を確認するのも難しい。何度か行きつ戻りつしながら、本来のコースに戻る。

寶土寺という浄土宗の寺の境内を抜けさらに進むと、志賀直哉旧邸の看板が出ている。20111007103214

案内に従い細い路地を登って行くと、尾道の海を望める高台に、木造の平屋が建っていた。入口には『暗夜行路』の石碑がある。ここで草案が練られたという。入口で猫がのんびりと座っていた。20111007103524

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道端には、赤い花を付けた野草がいたるところに咲いている。後で調べてみるとベニカタバミ(紅片喰:カタバミ科)であった。南米からの帰化植物らしい。似たものにイモカタバミ(芋片喰) というのもあるらしいが見たことはない。20111007104254

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少々長い石段を登ると、道端に撮影ポイントの看板が出ていた。オリジナリティーに欠けるが、真似して撮影する。20111007103926

2011年10月20日 (木)

尾道散策 その1

10月第2週の木・金と、また山口へ出かけた。山口宇部空港からは、いつもならシャトルバスバスで新山口へ出る。たまには違うルートで行こうと、今回はJR宇部線を使うことにした。新山口からは新幹線で徳山に行くのだが、利用した飛行機なら、バスと同じ電車に乗り継ぐことができる。

空港から400mほど北に、宇部線の草江という駅がある。空港ロータリーの右手の道をまっすぐ進むと踏切があり、その隣が駅である。宇部線は単線で、駅も無人である。20111006112336

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踏み切りの先の右手には小さな雑貨屋がある。20111006112233

入口には、JR乗車券販売所と書いてある。半信半疑で店に入ると、おばあさんが二人で世間話をしていた。

徳山までというと、即座にその料金を提示してくれる。JRの切符販売を代行しているのである。小石川植物園のチケット販売を代行していたタバコ屋さんを思い出してしまった。

駅の入口にも、切符販売所の案内が掲示されていた。20111006113141

駅の周辺には雑貨屋だけで、あとは民家があるのみである。遅れて会社員風の男性が3人駅に到着する。やはり空港から歩いてきたようだ。その内の一人が雑貨屋で切符を買えることを知っており、後の2人と一緒に店に入る。

駅の前の民家には、コスモスとキキョウが咲いていた。20111006113211

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電車は2両編成のワンマンカーである。なのに、乗車した電車には車掌が乗っていた。20111006114145r

いつも感じるのだが、各地のローカル線に乗ると、聞きなれない駅の名前に、その土地の気分を味わう。因みに草江からは、常盤、床波、丸尾、岐波、阿知須、岩倉、周防佐山、深溝、上嘉川、新山口となる。深溝ではアンギュラー玉軸受を連想してしまった。

上嘉川を過ぎると右手の車窓に火の山連峰が見えてくる。7月に登った山である。懐かしい。20111006121803

新山口での乗り継ぎは丁度よく、すぐに新幹線に乗車する。特急券は宇部線の車掌から購入した。徳山の新幹線口で迎えに来てくれた仲間と落ち合う。てっきり、駅の改札を出たと判断し、乗車券と特急券を若い女性の駅員に渡してしまった。ところが、通過した改札は新幹線改札であり、ホームを渡った先に、在来線の改札があった。そちらの若い駅員に事情を話す。しばらく思案していたが、どうぞと通していただいた。東京ではこんな融通を利かせてはくれない。

今回は、徳山で午後いっぱい仕事をし、宿は広島である。徳山は、山口国体の影響なのか、宿が取れなかった。そのために、翌日は広島を出発点にして散策する場所を思案した。その結果、45年振りで尾道に行ってみることにした。

2011年10月 1日 (土)

東山公園の野草 その2カタバミ(片喰)

前回はミヤマカタバミを紹介した。ついでに、普通のカタバミ(片喰:カタバミ科)を紹介しておこう。ミヤマカタバミと異なり黄色の花弁である。これは草地であればどこでも見られる。20110724082008

我が家の家紋は縁なし片喰であり、昔からなじみがあった。ところが恥ずかしいことに、つい最近まで、クローバーとの違いを認識していなかった。片喰はハート型の小葉である。20110726160757

クローバーは丸い。クローバーの種類も多いが、シロツメクサをはじめとして、小葉の中央に爪のような白い紋を持っている。20110930091647

カタバミの花は、午後の4時ごろには花弁を閉じてしまう。閉じたときに花弁は捩れ、結構しっかりと閉じる。この動きの原動力は、動く部分の細胞が、内部の水分を出入りさせる(膨圧運動)ことによるらしい。うまくできている。20110729154220

花弁だけでなく、3枚の小葉も夕刻になると垂れ下がる。

この動きは、昼夜を日照でセンシングして開閉しているのではなく、内部に時計を持っているという実験結果もあるそうである。人工照明で24時間一様に照射しても、時間が来ると花弁を閉じるらしい。

通常のカタバミは黄色だが、紫色の花弁を持つムラサキカタバミというのもある。この写真は東山公園ではなく、小石川植物園で撮影したものである。20110717142643

因みに、写真を撮影した日時は、それぞれの写真のファイル名を見ていただければわかる。年月日時分秒の順でファイル名にしている。

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